私は、薬草および自然療法(Naturheilkunde)を勉強するために渡独しました。通常薬草のクラスでは、どの臓器にどのような薬草が効くか、そしてそれがどのように効くかを勉強しますが、それ以外にもわたしたちの体がいかに日常生活において常にあらゆる有害な物質にさらされており、それが毎日の体調に大きな影響を及ぼし得るかについても自然療法の観点から学ぶこともありました。
ざっとインターネット上で調べてみても、例えば、市販されている衣料用洗剤内の合成界面活性剤が、主に手荒れや、かぶれの原因となったり、それが体内を巡って肝臓などの臓器に蓄積され、さまざまな病気の遠因となるとする考え方が世の中にはありますし、喘息様気道炎症を引き起こすこともあるのではとの見解もあるようです。気管支炎になりやすい私としてはとても気になりました。
なお、影響するのは人体だけではなく自然環境に対してもそうで、界面活性剤は自然内の水中において、有害物質と生物の双方に働きかけ、有害物質の影響を増長する作用を有するとも取れる、と書いてある論文も。
その論文によると、衣類に残留した洗剤は身につけた際に皮膚から浸透し体内に入っていくようなので、それを知ってからは、わたしも出来るだけ合成界面活性剤(その種類は世の中にものすごく多く存在するようなのですが)を使わず、可能な限り天然界面活性剤に頼りたいと思い始めたわけです。
ドイツでは、人の体に優しいだけではなく自然にも出来るだけ負担をかけたくないとの思いから、出来るだけ合成のものを使わず環境に優しい洗剤を使いたいと思うドイツ人も多いようで、オーガニックスーパーやドラッグストアではWaschnüsse(直訳:洗い豆)という乾燥した豆が売られているのを時折見かけます。
私はまだWaschnüsseを使ったことはないのですが、その日本語訳を調べてみたら出てきた植物の名前は”ムクロジ”。
使い方としては、乾燥したムクロジの果実を数個小さな布袋に入れ、そのまま洗濯機に入れて洗濯するだけ。インターネット上で調べてみたら、どうやら日本でも売られているみたいです。
ムクロジ豆知識なのですが、今回知ったのは、なんとこのムクロジの実、実は日本のお正月の遊びとして知られる羽根つき遊びに使う、羽根の先についたあの黒い球だということ!ムクロジには病気除けの力があるとされたそう。そんなところもお正月にはぴったりの遊びだったんですね。
わたしはムクロジの名前はこれまで聞いたことがなかったのですが、どうやら北日本にはないものの日本に自生する植物のようです。調べてみると次から次へと面白いことがたくさん分かりました。
いつものことながら今日も脱線してしまうのですが、今回ご紹介するセイヨウトチノキにも含まれるサポニンという成分がムクロジに含まれるので、セイヨウトチノキの前に、少しムクロジの素晴らしいサポニンパワーを少し前もって紹介したいと思います。
話は飛びますが、みなさまは「日本住血吸虫症」をご存知でしょうか。寄生虫の一種である日本住血吸虫が引き起こす病気で、かつて日本では地方病として恐れられた病気で、研究者、医師、行政、地域住民一体となり、その原因を発見そして撲滅するのに大変な努力がなされた病です。(わたしは病気を克服するまでの全体の流れがとても興味深いと感じたので、もしよろしければ皆さまも是非調べてみてください!)
以前、たまたまこの病についてインターネット上で知ることがあり、いかに日本住血吸虫の中間宿主となるミヤイリガイが原因と突き止めることがまず困難であったか、その後巻貝を除去することに大変な努力と多くの費用が費やされたかを知りました。
そして今回ムクロジやサポニンについて調べていたところ、なんとあるサポニン(オレアノール酸をアグリコンとするサポニン)には住血吸虫の中間宿主となる巻貝を殺す作用があると書かれていたので、以前知った日本住血吸虫症について思い出し驚きました。
*配糖体から糖が外れたものをアグリコンと呼ぶそうです。
今回見つけた国際緑化推進センターの資料には、エチオピアのある地域にだけ住血吸虫症の感染者が全くいないことが分かりより深く調べたところ、そこのエリアではヤマゴボウ属の植物Phytolacca dodecandraの果実を石鹸として川で使う習慣があり、のちにこの植物に含まれる成分(オレアノール酸をアグリコンとするサポニン)に巻貝を殺す作用があることが分かり、そこの川には中間宿主となる巻貝がいないこととの関連が明らかになったということが書かれていました。
もし、100年前の日本でそれがわかっていたら、サポニンで日本住血吸虫症の巻貝駆逐対策に貢献することできたのではないだろうかとふと思いました。
それというのも、エチオピアで使われていたヤマゴボウ属の植物Phytolacca dodecandraの画像を見てみると、わたしが幼い頃から日本でもよく見かけてきたヨウシュヤマゴボウPhytolacca americanaによく似ており、同じ系統であったからです。日本のヨウシュヤマゴボウにももしかしたらオレアノール酸をアグリコンとするサポニンが含まれてるかもしれない、そしたらこれを川に定期的に流すことで巻貝を駆逐することができていたかもしれない、と考えました。
しかし、ヨウシュヤマゴボウPhytolacca americanaの成分を調べてみましたが、Wikipediaに小さく根にオレアノール酸を含むと記載こそあったものの、その他の資料を探しても殺軟体動物作用についての情報は見つかりませんでした。サポニンが含まれることは分かりましたが、それが洗濯に使われてきた歴史なども見つからず・・・。ヨウシュヤマゴボウには洗濯に使えるほど強いサポニンの量は含まれないということなのでしょうか・・・。
エチオピアのヤマゴボウ属Phytolacca dodecandraは、日本のヨウシュヤマゴボウと同じ属だとしても、その成分は大きく異なり、殺軟体動物作用を含むことは本当に特別な能力なのかもしれませんね。おそらくヨウシュヤマゴボウは同じように使うことは出来ないのだろうと想像します。残念です。
他にもサポニンで面白いと思ったことは、サポニンを含む植物は魚毒性もあるため、世界ではこれらの植物を川に投げ込んで動きが鈍くなった魚を捕まえて食べる習慣を持つ地域も見られるということ。どこの国で実際に行われているか、更に調べてみたいと思います。
また、多くの種類のサポニンの中でも精子を殺す作用を持つもの(アカシ酸をアグリコンとするサポニン)もあると証明されており、この情報からサポニンを含む植物が避妊薬として使われていた歴史があることにも頷けます。実に面白いと感じました!!!
さてさて、話が大きく脱線してしまいましたが、私の住むベルリンの住宅街にも天然界面活性剤を作ることができるサポニンを含む植物が落ちているんです。その名をセイヨウトチノキ(Rosskastanie)といいます。
それがこちら!
じゃーん!
見かけは少し栗みたいですよね。これ、セイヨウトチノキといいます。
セイヨウトチノキには、先ほどから何度もご紹介した石鹸成分であるサポニン(ラテン語でサポは石鹸)が含まれていて、それが洗濯物を洗浄してくれるんです。
サポニンを含む植物はセイヨウトチノキ以外にも、前記したムクロジ、ヤマゴボウ属、ツタ、セイヨウカンゾウ、セイタカアワダチソウ、大豆など実にさまざまあります。
ドイツではこの時期になると、至る所に落ちていて、子供たちの遊び道具になっています。しかし、毎年なるわけではなくて、私の感覚では数年ごとに実がなっているのではないかと・・・。
このセイヨウトチノキの実を集めて自然の洋服用洗剤を作れるので、今日はその作り方を簡単にご紹介します!
<セイヨウトチノキ洋服用洗剤の作り方>
- 皮を剥きます。外の皮だけとってもよいですが、内側の皮がついていると洗濯物が少し灰色にくすんでしまうこともありますので、白いものを洗いたい場合は全て皮を剥きます。
- フードプロセッサーで出来るだけ細かくしお日様に当てて3日ほど乾燥させます。細かくすればするほど泡が立ちやすくなります。
3. このセイヨウトチノキを細かくして乾燥したもの(すぐ使う場合は生のまま使っても大丈夫です)に瓶に大さじ3杯入れ、そこに熱湯を250mlほど入れて30分ほどつけておくと、少し白っぽく黄色く濁ります
4. この液体を洗濯機に直接入れます。白い服を避けた箇所に注ぎます。
5. その後、お好みのエッセンシャルオイルを20滴と酢を半カップほど入れて洗います。
6.普段通り乾燥させます。エッセンシャルオイルのほのかな香りがして、洗い上がりもスッキリです!
なお、これまで洗剤としてサポニンを含む植物をご紹介しましたが、薬草として内服するサポニンも、注意して使用すれば有効な成分ではあるんです!
注意事項としては、多量摂取することで吐き気や嘔吐を引き起こすので使う量を守ること(サポニン中毒になった場合溶血(赤血球の溶解)の可能性があります)、胃腸管に炎症がある場合は使用しないことなどが挙げられます。
含まれるサポニンの効果は、痰を切ったり、気管支を弛緩させる、利尿効果、抗炎症効果、抗浮腫作用、静脈の壁の安定化、抗菌作用、抗真菌効果、などが挙げられ、また他の薬物や植物物質の吸収率を高めるため何種類かの薬草を混ぜて調合する際にもその一部として使われます。
サポニンを含む薬草として、野生に生えているツタやセイヨウトチノキを使うことは不可能ではないのですが、サポニンの量は植物が育っている土地や季節なども大きく関係してきますし、抽出する際もその量を数値化することができないため、その調整が難しく多量摂取してしまう可能性も否定できないことから、これらを直接薬草として使うのはお勧めしません。
しかし、サポニンはとても有効な成分であることには変わりないので、その効用をうまく享受するためには、薬草をベースとした会社で調合された薬を購入するのがよいと思います。例えば、サポニンを含むツタが使われているProspanという薬は、痰を切ったり気管支を広げたりして効果が高く、咳の症状がある際に薬局などでもお薦めされる薬の一つです。
“Alle Dinge sind Gift und nichts ist ohne Gift. Allein die Dosis macht, dass ein Ding kan Gift sei. “
いつも私が肝に銘じている有名なパラセルススの言葉。
“すべてのものは毒であり、毒のないものはない。毒になり得るか決められるのは用量だけである”
その通りだといつも思います。
体に入れるもの全般、薬草も摂取するその「量」が重要だということ。
今後もこの言葉を胸に、更に薬草のことを学んでいきたいと思います。
<参考文献・サイト>
界面活性剤が 環境中の毒性物質の作用に与える影響(土木学会論文集No. 601/VII-8, 13-21, 1998.8) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscej1984/1998/601/1998_601_13/_pdf
国立成育医療研究センターホームぺージ〜洗剤に含まれる界面活性剤が喘息様気道炎症を誘導するメカニズムを解明 ~生活環境中の埃にも一定量の界面活性剤が存在することも明らかに~(https://www.ncchd.go.jp/press/2023/0516.html)
公益財団法人国際緑化推進センター 〜熱帯林業講座 熱帯樹木の成分と利用(3)〜 加藤 厚https://www.jifpro.or.jp/cgi-bin/ntr/documents/NET4072.pdf
ヨウシュヤマゴボウ https://en.wikipedia.org/wiki/Phytolacca_americana
“Deutsche Heilpraktikerschule Online-Ausbildung Phytotherapie Urologie allgemein” by Kristin Metz